ヴィアマーレ

沖縄の全てがここにある!読谷村の魅力

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沖縄の全てがここにある!読谷村の魅力!

沖縄本島の「てんぶす(おへそ)」に位置する読谷村

何を隠そう実は、地味にすごいポテンシャルを秘めた村なのです。

とりあえず、読谷村内で沖縄の観光のエッセンスが全て網羅できますので、読谷だけで沖縄を堪能できます!

詳細はおいおい少しずつブログでご紹介していきたいと思いますが、とりあえず今日は簡単にご紹介!

 

日本一人口が多い村!読谷村!

まぁ、それ、自慢するほどのこと?と自分的には常々思ってます。そのうちその理由もこっそりお話ししましょうね(笑)

まぁとりあえず日本一はとりあえず自慢できることと、素直に喜んどきましょう(汗)

ともあれ、読谷村は県外からの沖縄移住者の人気の移住先トップ3に名を連ねています。読谷村と、南城市、そして今帰仁村。

共通項は自然護岸率が高い!というところです。読谷村に至ってはおそらく90%近いのではないでしょうか?その中でも生活の利便的にダントツなのが読谷村なのです。

豊かな自然が残っていながらもなぜかスーパーが多い!まぁ、読谷村は人口4万人超。世帯数も2万世帯に迫る勢いの村ですので、それなりのマーケットはあるでしょうが、それにしても多すぎる。スーパーが全くないお隣の恩納村にいくつか分けてあげたいくらいです。村内にはイオン系の複合モールが2つにBIGが1つ、サンエーの大湾シティと楚辺店。丸大が2店舗、かねひで1店舗、サンマート1店舗。沖縄あるあるのユニオンが読谷にないのが流石に不思議なくらい。さらには個人経営ながら地元民の根強い人気を誇る小型スーパーもあったりします。まちゃぐゎー(商店)は流石に最近は閉店が相次ぎ、あまりみなくなってきました。逆にコンビニは思ったほど多くなくファミマが6店舗、4店舗、数年前にやっと上陸して県内で急速に店舗を増やしているセブンイレブンも読谷にはまだやっと1店舗だけです。さらには病院に至っては、村内に各科取り揃えてその数30近く、地域の大型総合病院も救急車で30分かからない圏内にあるという生活にも至極便利性のいい土地柄なのです。

 

世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」

世界遺産である「琉球王国のグスク及び関連遺産群」北から、今帰仁城跡座喜味城跡勝連城跡中城城跡首里城跡園比屋武御嶽石門玉陵識名園斎場御嶽、が含まれますが、このうち座喜味城跡は読谷にあります。

 

 

読谷村に散りばめられた沖縄の偉人の痕跡

 

泰期(たいき)

 

 

 

沖縄の王家は、一般的に、瞬天王統、英祖王統、察度王統と続き、最終的に群雄割拠していた各地の豪族を第一尚氏の尚巴志が統一し琉球王朝を成立させますが、察度王統の察度王の弟とされるのが泰期(たいき)です。初代の貢進船を率いて、当時の明王朝に沖縄から初めての使節団を送り、交易の礎を築いたとされる人物。読谷の宇座城址の主だとされており、読谷のヒーローで毎年行われる読谷祭りの主役です。沖縄では商売の神様とされています。

 

尚巴志

 

 

群雄割拠していた沖縄本島の三山を統一し、琉球王朝の礎を築いたのが尚巴志です。琉球王朝(中山王)第一尚氏の2代目であり、首里に城を築いた王ですが、その功績は父親の尚思紹に初代を譲った賢主がこの尚巴志です。しかし尚巴志が統一した琉球王朝の第一尚氏は7代で途絶え、重臣であった金丸が謀反を起こして第一尚氏を倒して第二尚氏として継承し、明治維新後の廃藩置県まで琉球国が存続することになるのですが、この際の王朝交代は忌むべき中国の易姓革命を彷彿とさせるもので、第一尚氏の墓をことごとく暴き徹底的に破壊するという暴挙を行いました。その際に第一尚家の忠臣であった読谷村出身の豪族が尚巴志を含めその後3代目までの骨壷をいち早く持ち出して地元の読谷山間切、現在の読谷村旧伊良皆部落の山の中に埋葬したのです。今でもお墓は健在でいつでも参拝可能です。ただし道中はところどころ旧道の石畳が残っているところもありますが、基本未舗装で結構悪路なので注意してください。

 

  

 

護佐丸

 

護佐丸も読谷周辺を本拠地にしていた豪族の一人で、築城の名手です。日本で言えば加藤清正のような存在。この方も第一尚氏が琉球王朝を確立する中である意味、踏み台となって散っていった悲劇の城主でもあります。世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の遺産群10ヶ所のうち実に2ヶ所、座喜味城と中城城の二つは護佐丸が築いた城です。特に読谷の座喜味城は城壁のアーチの美しさと、城門の石組の緻密さは日本中、むしろ世界でも極めて稀有であり、また奇妙なのはこの座喜味城には城に必要不可欠とされる井戸が城内になく、おそらく護佐丸がいわゆる自分の築城技術の粋を極めたカタログ的に作った城だと推察されるのです。

 

 

阿麻和利

こちらも世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に登録されている勝連城の城主です。もともとは現在の嘉手納村の屋良城あたりに捨てられた捨て子だったそうですが、その後、勝連周辺で漁師をしながら人徳を集め、勝連城主として君臨したとされています。先にお話した第一尚氏が当時の沖縄を統一しますが、まだまだ沖縄各地には群雄割拠してました。その中で王府にとって最も目の上のたんこぶだったのが勝連城の阿麻和利でした。王府は阿麻和利を懐柔するために、当時の尚泰久王の娘で、読谷の英雄、先に出てきた護佐丸の孫にあたる百度踏揚(ももとふみあがり)を阿麻和利に嫁がせ、さらに忠臣であった護佐丸に勝連城を望む中城城を築城させて護佐丸の動きを監視させるのでした。その後王府は意図的に護佐丸と阿麻和利が王府に反乱を起こしたとしていわゆる「護佐丸・阿麻和利の乱」を自作自演しますが、忠臣であった護佐丸は抵抗することなく自ら自刃。阿麻和利は敗走して故郷の屋良城を超え、うちの長男の母校でもある現在の読谷村の古堅小学校近くで百度踏揚の付き人として派遣されていた鬼大城に首を切られたとされています。なので阿麻和利のお墓は今でもその近くにあるのです。

 

 

 

 

沖縄が誇るやちむん(焼き物・陶芸)のメッカ

 

もともと沖縄の「やちむん」といえば戦前、戦後を通して那覇の壺屋がメッカだったのですが、那覇も今ではすっかり都会となってしまい、理不尽なことに近年移住してきた内地からの移住組のクレームにより壺屋焼の特徴を産み出すための独特の登り窯が次々と閉鎖に追い込まれ、それでも壺屋の独特の登り窯にこだわった作家たちは良質の土が産出する読谷村に新天地を見出して、新たなやちむん村を築きました。それが読谷やちむん村です。やちむん村だけではなく読谷村には壺屋からの移住組はもちろん、新進気鋭の若手作家が村内のあちらこちらに窯を構えています。もともと壺屋の老舗窯元、育陶園さんには昔から懇意にさせてもらってますが、その窯元の高江洲忠氏の義理の弟さんである、相馬氏が窯元の陶真窯もここ読谷村にあります。グルメのブログでもご紹介している「群青」さんは陶真窯の相馬氏のご子息が、本場イタリアでピザ修行して陶真窯のお隣に開業したピザ屋さんです。ピザ専門のイタリアンレストランと陶芸のギャラリーが融合した唯一無二の空間です。

 

沖縄伝統のユンタンザ花織

芭蕉布や宮古上布、ミンサー織など、沖縄には先島も含め、染物、織物には13ほどの特産品がありますが、読谷ではこの読谷山(ユンタンザ)花織と読谷山(ユンタンザ)ミンサーがあります。読谷村は琉球王朝時代は「読谷山間切」という行政区であり、廃藩置県後は「読谷山村(ユンタンザ村)」という名前でした。沖縄本島でも読谷村の花織は貴重な存在で、後継者が少なくその育成が待たれているところです。ちなみに上場企業の社員であるウチの嫁は今年中に早期退職して花織の職人を目指すと宣っております😓

 

大東亜戦争の功罪を今一度考えさせられる戦跡群

大東亜戦争(いわゆる太平洋戦争)で日本本土に米軍が上陸した最初の地がここ読谷村なのです。

1945年(昭和20年)4月1日、圧倒的な数の米艦隊が北谷から読谷に至る洋上に集結し、読谷と嘉手納の間にある比謝川河口から米軍は上陸を始めました。というのも読谷村の高台、今の読谷村役場の周辺には広大な日本空軍の基地があり、上陸以前から激しい艦砲射撃が行われていました。昭和20年の3月の末には今のヴィアマーレの頭上を数多の砲弾が飛び交っていたことでしょう。実際ヴィアマーレのお隣には「艦砲ぬ食ぇー抜くさー」の歌碑が建立されています。ちなみに「艦砲ぬ食ぇー抜くさー」って「艦砲射撃の生き残り」って意味です。

そういう土地柄なので、もう悲喜こもごもの戦跡がそこいら中にあります。詳しくはまたおいおいご紹介していきますね。

 

艦砲ぬ食ぇー残さーの歌碑

ヴィアマーレの目の前にある歌碑です。

 

 

チビチリガマ

悲劇の壕。自分は霊感が強いと思っている方は正直行かない方がいいです。

 

 

シムクガマ

英雄が住民を救った奇跡の濠

 

 

 

義烈隊玉砕の地

日本は沖縄を捨て石にしたのではない!沖縄を命懸けで守ろうとした日本軍人のお話。

 

 

挺体壕

戦闘機を格納していた格納庫が残存しています。

 

 

水族館もあるぞ!・・海の種水族館

さすがに美ら海水族館はないよなー!と思ってたらあのサンゴの専門家、映画にもなった「てぃだかんかん」のモデル、金城さんが読谷に自作の水族館を作ってくれました。流石に海沿いなので昨今の台風被害で現在はリニューアルの最中ですが、とりあえずサンゴの観察はできます!特にサンゴの産卵は波もない平水なのでバンドル(サンゴの卵子と精子が詰まったカプセル)が水面で弾ける音まで聞こえそうな臨場感を味わえます。

 

 

読谷の特産品

 

御菓子御殿の紅芋タルト!

最近は沖縄の定番土産といえば「ちんすこう」よりもむしろ「紅芋タルト」ではないでしょうか?読谷村は紅芋も生産日本一で、「紅芋タルト」の老舗、空港はもちろん沖縄中に幾多の支店を持つ「御菓子御殿」の本社はここ読谷にあります。最近は「生紅芋タルト」がオススメ!冷凍商品なのでここ読谷か国際通り店ぐらいでしかゲットできないレアなお土産です!

 

楚辺ポーポー

ヴィアマーレのある読谷村楚辺が発祥の沖縄のローカルグルメ!ちょっと厚めのクレープのようなもの。そのままおやつに食べたり、料理にアレンジしたり。ブログのグルメコーナーでご紹介した「読谷物語」さんには「マヒマヒフライのポーポーロール」というメニューがあり、オススメ。「読谷物語」行ったらぜひオーダーしてみてください。

 

沖縄が誇る泡盛酒造所・比嘉酒造

泡盛「残波」は読谷の誇り!

 

詳しいご案内は少しずつアップさせていただきたいと思います。こんな話をもっと聞きたいというリクエストがあればぜひ!

 

この記事を書いた人

案納昭則

潜水歴四十年、総本数12000本を超える現役のSSI(スクーバ・スクール・インターナショナル)インストラクターでありJPS所属の職業写真家。
2003年にNHK「趣味悠々〜水中散歩を楽しもう(全7回)」講師を担当。上智大学外国語学部フランス語学科中退。
NPO法人沖縄県ダイビング安全対策協議会事務局長を歴任。

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